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なぜEUは国際的に強力な規制力を持っているのか

EUがなぜ国際的に強力な規制力をもっているのかを説明します。

グローバルな規制者EU

今日の国際社会的な視点では、EUのプレゼンスの低下が指摘されることがあります。それは、EUはアジアやBRICSなどの新興国の成長に伴って相対的に地位が低下しているといったことや、アメリカなどの他のグローバル・パワーに対して軍事力が劣っているなどといったものです。更に、ユーロ危機の発生や、経済的ポピュリズムと欧州会議主義の台頭、難民問題、テロ問題、イギリスのEUからの離脱といった出来事がこうしたEUへの信頼低下を助長させています。

しかし、こうした衰退の指摘がある一方で、EUには依然として国際的に影響力を持っている領域があります。それがこの記事の主題でもある、グローバルな市場の規制者としてのEUです。

すなわち、EUは今日、欧州だけではなく世界中のあらゆるところで、商品がどのように製造されるか、ビジネスがどのように実施されるかに影響を及ぼす能力を持っています。そのようにしてEUは、競争政策、環境保護、食品安全、プライバシー保護などといった領域で自身が定めた基準を一方的に幅広く世界に普遍化させることができるのです。

それがいわゆる「ブリュッセル効果」と呼ばれるものです。

EU旗(UnsplashのChristian Lueが撮影した写真)

ブリュッセル効果とは何か

「ブリュッセル効果」とは、コロンビア大学ロースクールで国際法・国際機構論教授を務めるアニュ・ブラッドフォードが2012年に発表した論文の中で、発案した用語です。これは、EUが国際的に強力な規制力を持っていることを表現した用語で、その由来は、EUのその規制力の源がブリュッセルに所在する諸機関から生じていることから来ています。

EUは自国の市場を規制するだけで、その規制をEU域内のみでなく、EU域外にも波及させていくことができるのです。そしてこれが生じる原因はEU市場の規模と魅力から来ています。EUに輸出したい企業は単一生産の利益を追求するために、最も厳格であり、それによって、他の国・地域の規制基準も内包しているEUの基準を採用するというインセンティブを持つのです。

ベルギーのブリュッセル(UnsplashのPollyが撮影した写真)

EUはなぜ共通の規制基準を創り上げたのか

それでは、どのようにしてEUは、自らの規制基準を世界に幅広く普遍化させる能力を手に入れたのでしょうか。

EUが欧州規制国家を構築するための意欲的なプロジェクトに取り組み始めたのは1990年代以降です。その頃から、EU諸機関は、商品がどのように作られるか、個人情報をどのようにして守るか、食品の安全をどのように確保するか、自然環境をどのようにして守るかについての共通の基準を採用して、巨大な共同市場を創り上げました。

こうした動きの背景にあった動機は、EUの中で共通した市場を創り上げることで、EU内での貿易や商業を摩擦なく行えるようにしようとした対内的なもので、EU域外にも規制を広めようという対外的なものは意図されたものではありませんでした。すなわち、現在EUが持つグローバルな規制パワーは副次的に生まれたものなのです。

単一市場の構築を望む思いが、常にEU規制の背後にある主要な推進力となってきました。EU内で共通した規制の基準を採用することは、EU内での単一市場の運営のために極めて重要なものでした。

なぜEUは高い規制基準を持つに至ったか

ここまでEUが共通した規制基準を持つに至った経緯を見てきました。EU内での規制基準は常に低い水準の調和ではなくて、高い水準の調和へと向かっていきました。これは珍しいことです。多国間交渉において、最も意欲に欠ける国家が基準を設定する場面は多くみられます。実際EUにとって下方調和に向かわせたかもしれないインセンティブや圧力は常にありました。低価格化と引き換えなら保護が劣化してもかまわないと考えていたEU内の消費者もこれに含まれます。

しかし、EU内の規制は常に下方調和ではなく、上方調和に向かっていきました。これはなぜなのでしょうか。以下の3つの事象がこれを説明する要素となります。

非経済的価値を重視する欧州の文化

経済統合が深まるにつれて、欧州市民は、食品の安全、環境の保護などの非経済的価値を破壊する自由化アジェンダに反対するようになりました。そして、EU諸機関は、規制水準の上方調和を施行しない国には、経済自由化に対する政治的支援を行いませんでした。

異なる利害関係者の連携の構築

各規制の経済的目的をより広範な社会的目的と結びつけることは、異なる利害関係者の連携を構築することに役立ちました。高いレベルの基準を設定することによって、NPOなどの機関と企業などが同盟を結べるようになりました。

全会一致が不要である

EUで共通して行う規制水準の決定には、全会一致は必要ありませんでした。それには、加盟国の55%以上、そしてEU人口の65%以上の採択のみで十分でした。コンセンサスがなくても立法を進められることができるこのルールによって、遅れをとる国をしばしば黙らせ、規制を採用しやすくなりました。

EUの規制水準がなぜグローバルなものになったのか

これまでどのようにしてEUが高い規制水準を採択したのかを見てきました。それでは最後になぜEUが自らの規制水準をグローバルに輸出できるようになったのかを見ていきましょう。EU内の規制がグローバルなものに普遍していく現象、すなわちブリュッセル効果は以下の5つの要素から生まれています。その5つとは市場規模、規制能力、厳格な規制、非弾力的対象、不可分性です。

市場規模

EUは約5億人の人口がいる巨大な市場です。よってグローバルにビジネスを行う企業にとってはEUはとても魅力的な市場です。そのため、商業的な利益のために、EU内の規制をみたす商品を製造して、EUで販売することを目指そうとします。

規制能力

ただ、大きな市場を持つだけでは、グローバルな規制パワーを持つことの説明としては不十分です。グローバルな規制者としての力を持とうするのなら、それを実行する能力が必要なのです。そして、EUの域内の規制能力は増加し続けてきました。すべての主要なEU諸機関は時間とともに多大な官僚の増大を経験してきました。これがEUの規制の実行力を高めています。

厳格な規制

欧州では、国家や規制団体のみならず、市民までもが規制の意識が高いです。また、欧州では、市場よりも政府をより信頼するというイデオロギーや、民事訴訟よりも公的規制を重視するというプロセスがあります。こうしたことが、EUが厳格なルールを追求することを促進しています。

非弾力的対象

EUが規制の対象としてきたのは消費者市場と環境です。こうした消費者や環境は移動しにくいという性質をもつため、企業はEUの消費者にものを販売したいと思ったら、規制を受け入れざるを得ないのです。

不可分性

不可分性は、カスタマイズとは反対に、複数の国・地域をまたいで製造または事業の実施を標準化する行為であり、それゆえに企業のグローバルな事業展開を管理するための統一基準を適用する行為です。規模の経済に起因する利益を追い求めるとき、こうしたことはしばしば生じます。標準化を選ぶとき、企業はさらに「最も有力な基準」に従うことを好みます。この最も有力な基準は、一般的に企業にとって重要な市場を代表する国・地域によって課される最も厳重な基準です。この基準は、一般に他の基準も同様に組み込んでおり、企業が事業を行うすべての市場をまたがって遵守を確保するという点で、とくに魅力的です。

EUの地図 Investopediaから引用

参考文献

この記事は主に以下の文献をもとにして書かれました。

『ブリュッセル効果 EUの覇権戦略 いかにして世界を支配しているのか』 アニュ・ブラッドフォード著